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FAILURE / SATOSHI TAKAMATSU / 全ての訓練を完了した。私は何者でもなかった。 / 髙松 聡|初個展 / 2020年9月4日[金]-27日[日] 11:00-19:00[定休日 月曜] / SPACE FILMS GALLERY
髙松 聡,SATOSHI TAKAMATSU,写真, 写真展,個展
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FAILURE

SATOSHI TAKAMATSU

全ての訓練を完了した。私は何者でもなかった。

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SAPACE FILMS GALLERYは2020年9月4日より同27日まで高松聡による初めての写真展 「FAILURE」を開催します。

高松聡は世界で初めて宇宙空間でのCM撮影を実現しました。その舞台となったのが国際宇宙ステーションのロシア・モジュールでした。「星の街」でロシア宇宙飛行士の訓練を実施し、撮影は国際宇宙ステーション内のロシア宇宙飛行士と管制センターにいる高松の交信によって行われました。

以来、高松とロシアは宇宙を通じて関係を深め、民間人では日本初となる国際宇宙ステーション滞在のための宇宙飛行士訓練をロシア「星の街」で受けることを決意します。英国歌手サラ・ブライトマンのバックアップクルーとして8ヶ月間、800時間の訓練に入ることになったのです。ISSへの飛行を数年後に実現したいと構想していた高松は、まずは2015年に宇宙飛行士として訓練を完了し認定されることを目的にロシアへ向かったのです。

1月から9月まで続く訓練が無事終了すればバックアップクルーとしてクオリフィケーションを受け、ロシア宇宙庁公認の宇宙飛行士として認定される予定でした。しかし、5月ブライトマンは突然の訓練中止と飛行辞退を申し出ます。この前例のない事件の結果、高松はバックアップする相手を失い正式クルーから外れてしまいます。それでも高松は最後まで訓練を続け、全ての試験に好成績で合格、卒業式を迎えました。しかしバックアップクルーという立場を失った高松が手にした卒業証書には宇宙飛行士として認定するという文字はありませんでした。

様々な事件、想定外のトラブルに高松は何度も希望を失いかけましたが、状況が悪くなればなるほど高松は「星の街」の撮影にのめり込んでいきました。不可抗力により正式クルーでなくなってしまった高松は、いつ「星の街」を退去させられるかわからないという焦燥感と、それでも変わらぬ宇宙への思いに突き動かされて1万枚を超える写真を撮影したのです。ロケットや宇宙服、バイコヌール宇宙基地の写真からは宇宙への憧憬を、星の街の穏やかな風景 や道端に咲く花などの写真からはロシアの日常への愛着を感じとることができます。マイナス30 度の厳冬から30度を超える真夏まで、高松の捉えた「星の街」には、従来の宇宙基地に抱くイメージとは全く異なる独自の視点があります。

「ロシア公認の宇宙飛行士になる」という「夢」は想定外のトラブルで「失敗」に終わりました。

 

しかし、高松は「星の街」で新しい「夢」を見つけます。大勢の宇宙飛行士と交流するなかで「宇宙から地球を見ること」は精神変容を起こすほどの体験であると高松は確信します。一方、宇宙で撮影された写真や映像にはそれ程の力をもったものは未だ存在しません。ガガーリン以来、宇宙へ行った人間は約500人。その中には写真家・アーティストはたった一人もいなかったのです。高松は「宇宙から見た地球」を現代の技術が可能とする極限のリアリティで撮影し、「宇宙から地球を見ることに限りなく近似した視覚体験」を地上で再現することを自らのミッションとすることに大きな意味を見出したのです。高松は言います。

「かつてなく高いリアリティで再現された地球の視覚体験は多くの人に意識変容をもたらすことでしょう。それは、この一つの星に私たちは生きているという共生感覚かもしれないし、持続的な地球への覚醒かもしれない、あるいは直感的な反戦意識かもしれない。」

「私達は『見る』ことで認識の地平を広げ、新たな世界観と思想を獲得するのです。」

どの機関が認定したかという肩書を追い求めることには意味がないと高松は気づきました。そして何になるかではなく、何をなすかこそが重要であるという認識に至ったのです。本個展は高松が「失った夢」と「発見した夢」で構成されます。そして宇宙での撮影に向けたプロジェクトの第一歩でもあります。