PROFILE
FAILURE / SATOSHI TAKAMATSU / 全ての訓練を完了した。私は何者でもなかった。 / 髙松 聡|初個展 / 2020年9月4日[金]-27日[日] 11:00-19:00[定休日 月曜] / SPACE FILMS GALLERY
髙松 聡,SATOSHI TAKAMATSU,写真, 写真展,個展
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PROFILE

髙松 聡
SATOSHI TAKAMATSU

1963年生まれ (57歳) 栃木県宇都宮市出身。筑波大学基礎工学類卒業。

電通入社後営業局勤務、38歳でクリエイティブ局に転身。

2005年電通を退社し、クリエイティブ・エージェンシーGROUNDを設立。

代表取締役兼クリエイティブ・ディレクターとして多くのブランドを担当した。

カンヌ広告際など国際広告賞で数多くのグランプリ、金賞を受賞。審査員、審査委員長も歴任した日本を代表するクリエーターの1人である。近年は写真家・アーティストとして活動している。

2001年、世界初の宇宙ロケCMを大塚製薬ポカリスエットで実現。日清食品カップヌードルでは、Mr.Childrenの反戦歌「タガタメ」と連動して「NO BORDER」キャンペーンを企画、赤の広場、イラン、キャーバ、再度の宇宙ステーションでの撮影を敢行した。「FREEDOM」キャンペーンでは世界初の試みとして「アニメーションムービーとCMを同時製作するプロジェクト」を大友克洋氏、宇多田ヒカルとともに実行。未来社会における人類の「自由」をテーマにした。

また2002年日韓W杯で国立競技場を会場とした、世界初のFIFA公認パブリックビューイングを企画、実行委員長を務めた。FIFAからパブリックビューイング権を「購入する」というアイデアで法的な問題がないパブリックビューイングを世界で初めて実現、国立競技場に20万人以上を動員した。

2014年広告界からの引退を宣言。

2015年1月。日本の民間人としては初のISS (国際宇宙ステーション) 搭乗資格を持つ宇宙飛行士となるべくロシア「星の街」での宇宙飛行士訓練を開始。9月に全訓練を終了。

2014年 東京都現代美術館 ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて

2020年 初個展FAILURE